週刊ガスキー

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走れヤニカス

走れヤニカス
太宰治

 

 ヤニカスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐のコンビニ店長を除かなければならぬと決意した。ヤニカスには銘柄の前に置いてある数字の意味がわからぬ。ヤニカスは、土方の新人である。タバコをふかし、地元のダチと遊んで暮して来た。けれどもコンビニ店員が煙草の銘柄を覚えない事に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明ヤニカスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此このシラクスのコンビニにやって来た。ヤニカスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、ヤンチャな妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る陽気なパリピを、近々、花婿として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。ヤニカスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばるコンビニにやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。ヤニカスにはジモトのズッ友があった。パチンカスである。今は此のシラクスの市で、パチプロをしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにヤニカスは、コンビニの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、コンビニ全体が、やけに寂しい。のんきなヤニカスも、だんだん不安になって来た。コンビニの前で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此のコンビニに来たときは、夜でも皆が立ち読みとかしていて、店は賑やかであった筈はずだが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺ろうやに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。ヤニカスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「店員は、銘柄ではなく数字でタバコを買わせます。」
「なぜ銘柄を覚えぬのだ。」
「覚えるだけは覚えた、というのですが、誰もそんな、全ての銘柄を覚える努力を持っては居りませぬ。」
「たくさん覚えたのか。」
「はい、はじめはわかばさまを。それから、マイルドセブンマールボロを。それから、アイコスさまを。それから、メビウスに銘柄が変わって、電子タバコの数が増えたあたりから諦めました。」
「おどろいた。店員は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。銘柄を、これ以上覚えることはできぬ、というのです。このごろは、客の窃盗も、お疑いになり、タバコを奥の棚に移し、番号で銘柄を指定するよう命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」
 聞いて、ヤニカスは激怒した。「呆れた店員だ。生かして置けぬ。」
 ヤニカスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそスタッフルームにはいって行った。たちまち彼は、巡邏の警官に捕縛された。調べられて、ヤニカスの懐中からはツイッターアカウントが出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。ヤニカスは、店長の前に引き出された。
「このツイアカで何をするつもりであったか。言え!」店長ディオニスは静かに、けれども威厳を以もって問いつめた。その店長の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「アンケを取って、俺の正当性を証明するのだ。」とヤニカスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」店長は、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの苦労がわからぬ。」
「言うな!」とヤニカスは、いきり立って反駁した。「タバコの銘柄を覚えぬのは、店員として最も恥ずべき。悪徳だ。店長は、客の万引きをさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」店長は落着いて呟つぶやき、ほっと溜息ためいきをついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の店を守る為か。」こんどはヤニカスが嘲笑した。「罪の無い人を疑って、何が平和だ。」
「だまれ、下賤の者。」店長は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、炎上してから、泣いて詫わびたって聞かぬぞ。」

 

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